水に囲まれて、旅人の交差する魅力的なな町イスタンブールだが…
旅人の集まる所にはどろぼうも集まる。かねてから噂に聞いていたイスタンブールの睡眠薬強盗に僕も遭遇することになる。彼等は睡眠薬で眠らせている間に持ち物をすべてもっていくというやから。幸運なことに僕の場合は前日同じホテルに泊まっていた日本人から体験談を聞いていた。彼は親しく声をかけてきた者と一緒にいて、ケーキをおごられたがそれに睡眠薬が振りかけられていた。病院にかつぎ込まれ治療を受けたが、かなりの量だったため数日たった今もまだぼうっとしていた。
ボスポラス海峡をジグザグに行き渡るコミューター船があって、夕方のクルーズを一人楽しもうとしていた僕は、パリからの旅行者と称する二人組に声をかけられた。イスタンブールは初めてだから僕と一緒に船旅をしたいという。普段の僕なら素直に歓迎するところが、前日に話を聞いていたこともあってアレッこれはもしやと警戒する。まあとりあえず様子を見ることにして一緒に船に乗り込んだ。夕日の中、船は通勤の人々を各々の町へ運んでゆく。パリのどこに住んでいるのかなどと二人に聞いてみると答えがどうも怪しい。とにかく用心をかためる。適当な岸で船を降りると彼等も降りてついてきた。日はとっぷりと暮れていた。イスタンブールに帰るバス乗り場を探す暗い夜道、二人はお茶でもおごりたいと言ってきたが、それも睡眠薬強盗の典型的な手口の一つと聞いていたので断わり続ける。ようやくバスに乗り込むと隣の席で彼等は、イスタンブールに帰ったらケーキでも食べようと言ってくる。いよいよ聞いていた通りの経過になった。僕はたしかに噂の睡眠薬強盗につけられているのだ。それにしてもあきれてしまう、何度も同じ手をつかってるのかしら。「甘いものは嫌いだ」と断わると、思ったより手強い相手に焦りだしたようだが負けずに「健康にいいんだよ」などとしつこくせまる。イスタンブールに着きバスを降りると、まぬけにもやっぱりお菓子屋さんでケーキを買っている。三人で夜道を歩いていたが二人は僕より少し後にさがって歩いて(ここまでくるとすべてが明白、睡眠薬をケーキに振りかけていたはずだ)しばらくすると、はい、食べなよとケーキをわたす。「ありがとう、でも後にとッとくよ」というと「今すぐたべてよ!」と必死になって泣きそうな声だ。こちらが断固とした態度をとっていると、やがて暗闇のどこかに消えていった。
どうやら彼等は誰かからこの方法を聞いて試してみた素人だったようだ。前日聞いていた例とあまりにも同じだっただけに普段だまされ安い僕もかわすことができた。どちらにしても日本人旅行者を狙ってこの手を使おうとする奴は何人もいるに違いない。
こんなわけで今回イスタンブールの睡眠薬強盗の危機は免れたが、この後、冒険心が大勢になっていた僕には大変な危機が待っていた。